知れば見方が変わる。フィリピンの基本的な歴史情報とは?

こんにちは!アジアマガジン編集部です!アジアマガジンでは、アジアで働きたい方・アジアで働いている方を応援しています。今回は、フィリピンの歴史についてお伝えしたいと思っています。皆さんはフィリピンというと、どのようなイメージを持たれるでしょうか。

最近、フィリピンではドゥテルテ大統領の言動が注目され、「麻薬犯罪者を殺すことは合法」といったことは、皆さんも知っているのではないでしょうか。そんなタイミングで、簡単にではありますが、フィリピンの歴史を皆さんに少しでも知っていただき、歴史を踏まえたうえで「今のフィリピン」の状況を考えていただければなと思っています。

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まず、皆さんに知っていただきたいことは、
フィリピンの民主化が始まったのは、1986年頃からという事実があるということです。

この事実を知るだけでも、日本やアメリカとは歴史的背景が全く違うことが、容易に想像できるのではないでしょうか。

なぜ、民主化が始まった時期がつい最近なのかという点は、
下記の通り、フィリピンにはたくさんの国から影響を受けていたことがあったからとが考えられます。
スペイン統治時代→アメリカ統治時代→日本統治時代→マルコス大統領独裁時代
これから、順を追ってそれぞれのフィリピンの時代をお伝えしていきますね。

スペインの統治時代

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いわゆる大航海時代と呼ばれていた時代になります。フィリピンのスペイン統治時代は、1521年にスペインのマゼランがフィリピンに上陸し、キリスト教の布教を始めたのがきっかけです。このマゼランは世界で初めて世界一周したことでも知っている人が多いのではないでしょうか。

ただ、このマゼランは、ここフィリピンでイスラムの部族長のラプラプとの戦いで戦死してしまします。また、このスペイン統治時代には、フィリピンにスペイン以外にも、はたくさんの国が関わっていますので少しご紹介します。

メキシコ
→メキシコもスペインの統治下だったため、メキシコが代理でフィリピンを支配しておりました。

イギリス
→イギリス東インド会社がマニラに商館を建てます。ただ、イギリスは当時の中国である清への侵略を試みていたため、イギリスの支配はフィリピン全土には及びませんでした。

オランダ
→スペインとオランダが争っていたため、オランダもフィリピンに攻めてきていました。

アメリカの統治時代

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19世紀後半、フィリピン国内でスペインからの独立を目指す活動が活発になっていました。そこにアメリカが登場してきました。アメリカがフィリピンの独立を支援する代わりに、フィリピンもアメリカとスペインの戦争に参加することになります。これが俗にいう米西戦争です。結果アメリカが勝利し、フィリピンの独立が達成できたと思われました・・・・。

ただフタを開けてみると、米西戦争後のパリ条約の条項にフィリピンがアメリカの統治下に入ることが盛り込まれていました。というのも、アメリカがスペインに2000万ドルを支払い、フィリピンを譲り受けるという事実があったとされています。結果、フィリピンはアメリカに騙されていました。もちろん、フィリピン国民は反発し、アメリカと戦いましたが、アメリカに勝つことができず、フィリピンがアメリカの植民地となりました。

日本の統治時代

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ここで、皆さんの予想通り、フィリピンの歴史にも日本が登場してきます。もう東南アジアの歴史を語る際には、必ずと言っていいほど日本が登場してしまします。日本がマニラを制圧したのは、第2次世界大戦の時になります。ただ、終戦と共に日本軍はフィリピンから撤退します。ここでようやく、フィリピンが独立を果たせることになります。

マルコス大統領の独裁

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ようやく独立を果たしたフィリピンですが、事実上、マルコス大統領の独裁が1965年から1986年まで続きます。この時代の独裁は、植民地時代と変わらず、フィリピン国民を苦しめたとされる一方で、フィリピン経済の成長をさせた実績が残っていることでも知られています。具体的に言うと、マルコス大統領は外資を積極的に取り入れ、フィリピンの経済基盤を作り上げました。また、その一方で、マルコス大統領自身の私腹を肥やし、この時代にフィリピンの政治家の腐敗が進んだともされています。

このマルコス大統領の終焉が決定的になったのが、国民から人気があったベグニノ・アキノ議員が暗殺された事件です。このことにより、フィリピンは政治不安に陥り、フィリピンに投資していた外資が一斉に債権回収を始めたため、経済的にも大幅にダメージを受けました。

また、その後の大統領選挙では、暗殺されたベグニノ・アキノ議員の妻であったコラソン・アキノが当選確実とされていましたが、マルコス大統領が再選されました。実は、マルコス大統領が裏で操作したという事実があったされ、この件が、溜まっていた国民の怒りを買い、マルコス大統領を亡命に追い込みました。

マルコスが亡命したことで、独裁政権が終わり、ようやくフィリピンに民主化の流れがきました。
簡単ではありますが、上記のような国外からの侵略等により、フィリピンの民主は遅れを取ってしまうことになりました。

おわりに

皆さんいかがでしたでしょうか。今や凄まじい勢いで発展を遂げているフィリピンのマニラも、つい1980年代の後半まで、独裁体制が続いていたという事実は、「フィリピンの今」を考える際には重要なファクターになるのではないでしょうか。やはり、東南アジアの歴史に、日本も含めた列強諸国が関わってきたという事実も踏まえると、日頃の東南アジアに関するニュースの見方が違ってくると思います。

アジアマガジンでは、引き続きアジアで働きたい方・アジアで働いている方に役立つような情報をお届けしていきます。

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