ベトナム|天才エンジニアから経営者への道へ。異種な経歴を持つ櫻井さんにインタビュー!

櫻井 岳幸氏プロフィール

1980年5月26日生まれ
バイタリフィアジア 代表
アキバのパーツ屋、サーバ・ネットワークエンジニア、ソフトウェアエンジニアというオタクキャリアを経て、株式会社バイタリフィに入社。
エンジニア時代には画像処理/パターン認識などを得意とし、Webを利用したアトラクティブな開発に従事。
2009年よりベトナム・ホーチミンへ移住しバイタリフィアジアの立ち上げに参加。現在は代表を務める。
ベトナム永住を覚悟し、ベトナム人エンジニアの能力向上とオタク化を目指し日々奮闘している。

・出身地:埼玉県比企郡小川町(山奥)
・好きな言葉:Một, hai, ba, dzô!(ベトナム語で乾杯!)

ーまずは会社概要を教えてください!

2008年に株式会社バイタリフィの100%子会社としてホーチミンに設立した会社で主にソフトウェアの開発事業を行っています。8割方は日本にある日系企業のソフトウェアを現地ベトナム人のエンジニアと開発しています。その他香港やシンガポールなどアジアの近隣国やベトナム国内の開発案件も対応しています。現在はベトナム国内マーケットへの事業展開をされている日系企業様への進出支援やマーケティング支援なども行わせて頂いております。またホーチミンIT飲み会やエンジニア向けのイベント、セミナーなども行っており、ベトナムのITの発展を目指した活動も行っております。

ー櫻井さんはもともとITに興味がありましたか?

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そうですね。もともと機械が好きでしたのでインターネットが始まる前からパソコンはアキバでパーツを買って組み立てていました。またインターネットが始まったばかり頃はサーバー代が10MB借りるだけでも数万円かかる時代だったので自宅でサーバーを立て公開していまいた(笑)

高校を卒業してから上京してフリーター生活を8年ほど続けていたのですが、結局自分が出来る仕事はコンピューターを使った仕事しかないと結論にいたり、そこから必死にコンピューター・インターネット関係のことを真面目に勉強し、資格を幾つか取得し、サーバー・ネットワークエンジニアの派遣社員として働きはじめました。その後運良く当時インターネットプロバイダーとして大手のサーバー運用監視室の仕事の話があり、当時自分が持っていた全勇気を投入して手を上げ、潜り込むことが出来ました。

ーなぜVitalifyで働くことになったのですか?

当時のサーバー運用の仕事は結構大変だったのですが、なんだかんだで直ぐに慣れ、勤務時間は長かったこともあり結構暇な時間が出来てきました。そこは大手のサーバー運用室ですから、目の前に無数のUnix/Linuxサーバが、開発環境があるワケです。そこで暇な時間に現場の仕事を効率化するためのスクリプトやツールなどの開発を始め、ハマっていきました。その僕の姿を見てくれた社内のスーパープログラマーの方(師匠)に気に入られて、いろんなアドバイスをいただきました。

そしてその人のフィードバックをもらいながらプログラミングを勉強する日々を続けていました。その人にレビューしてもらう為にプログラミンをしていたと思います。そんなある日、自分の中での最高傑作を作ったので、師匠にレビューしてもらったところ、「櫻井くんはプログラマーに向いているかも」っと言われ、転職することを考え出しました。いろんな転職サイトに登録して何社かと面接したのちに当時は社員数が10人もいなかった株式会社バイタリフィに入社しました。

いきなり社長面接だったこと、自社サービスを複数持っていたこと、面接の場で採用の意向を頂けたこともあり即決でした。当時は自分が正社員として働けることが夢のような感じでした。

ー入社当初はどういったプログラミングをしていましたか?

業務内容として、当初はまだ株式会社バイタリフィに開発案件が少なかったこともあり、社内インフラの整備や、オフィスから近い恵比寿の不動産屋さんなどを回って パソコン設定やメールバックアップ設定などの手伝いなどを行っていました(笑)。ただし、自分は生まれて始めて正社員になって、プログラマーとして東京でなんとか成功してやると意気込んでいたこともあり、昼夜問わずプログラミングしており、Webサービスで利用できそうなサーバ用のライブラリ(画像認識や編集、Flash合成、ガラケー携帯での疑似P2Pなどなど)の開発や自社サービスの開発などをしていました。

そのパッケージやサービスが広告代理店などに刺さり案件が増えてきました。自分が作ったサービスが新聞やTVなどに取り上げられ、ユーザがどんどん増えていき、いろいろなフィードバックを頂くことが本当に面白く嬉しくて。その嬉しさから開発がさらに楽しくなっていって、当時のガラケー携帯でのアトラクティブなサービスを多数開発していました。

当時は可能な限り自身の生産力を上げるために、自主的に24時間会社にいて、寝袋、枕、目覚まし時計、ギターなどの生活に必要なものは一通り会社に移設してひたすらパソコンに向かっていたため、会社にいた若いスタッフなどからは大分敬遠される存在であったことを自負しております。

ーそこからどういった経緯でベトナムへ行ったんですか?

スタッフも増えて、案件の規模も質も向上していき、数人で頑張ればなんとかなるレベルではなくなっていき、大幅なリソース拡充が必要になっていました。

そんな中、ベトナムではリーマンショックの影響で日系企業は撤退ラッシュ、その中の一社から弊社のグループ代表に買収の話しが行き、たまたまグーループ代表もベトナムに縁があったこともあり、買収してベトナム進出を果たしました。そこで僕は現地エンジニアとしてベトナムへ行くことになります。

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ー初めてベトナムへ来たときの感想を教えてください。

全てに衝撃を受けました。ものすごい活気、皆んな若くて楽しそうで、幸せそう。見渡すかぎり人、人、人、それでも窮屈さを全く感じさせない空気。

当時あったエンジニアは大学で4〜6年ITを勉強し、英語も日本語も人によっては中国語も話せ、皆んな若くて真面目で、給与は自分の数分の一。

そもそも当時大卒率20%以下のベトナムで、ベトナムトップレベルの大学を卒業した本当にエリートな人たちだと知って、ものすごく衝撃を受けました。

ーベトナムへ来て何か変わったことはありますか?

沢山ありますが、大きく変わったこととして、人付き合いがシンプルになりました。

日本だとちょっとした言い回しでイラッとしたりされたり、ちょっとした趣向の違いで深く付き合えないなど、特に自分はそんなにコミュニケーションが得意な人種ではなかったこともあり、いつも相手にものすごい気を使って話していたりしたのですが、ここではベトナム人同士でも100%伝わっていなかったり、外国人も多く関わる頻度も多いため、100%通じないことが当たり前な世界で、そこに対しての悲観的な感情も少ない、あまり気にしていないと感じます。

結果人付き合いのストレスが減り、自分自身が大分明るくなったかと思います。その後、立場も上がりスタッフが増えてお客さんが増えれば、人付き合いは増えますし、難しいことも増えるのですが。

またもう一点の変化としては、自分はどこでも生きていけるということを知り、将来への不安(金銭的、社会的な)が吹き飛び、将来への希望が湧いてきました 。

東京で仕事をしているときは、東京が人生の終点で、東京でなんとか成功しないといけないのだと当時は思い込んでいました。ただし、自分にとって実態はまったく異なり、知らなかっただけでした。

その後いろいろありまして、エンジニアであることを辞め、マネージメントを長く経験し、その後経営者となりました。(その話は長くなるので別の機会に!)

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ー20代へのメッセージをお願いします。

20代の頃の僕みたいに日本で悶々としている人たちに対して言えることは、とりあえず違う環境に飛び出してみましょう。自分の20代を振り返ると視野をもっと広げておけばよかったと思います。東京と埼玉しか知らなかったので(笑)。 ハードルが低いものから少しずつ挑戦することによって自分を変えられるのかと思いますので、勇気を出して一歩踏み出してみてください。

ー将来がなにも決まってない人に対してのアドバイスをお願いします。

既にこの記事を見ている若者の時点で、私よりも素晴らしい人物ですので、私がアドバイスするなどおこがましいのですが。

月並みですが、旅をする。人と話す。本を読む。この3つのどれかをやればいいと思います。東南アジアでバックパッカーをするのもいいですし、友達や先生と話すのでもいいですし、好きな本を読むことでもいいです。これらを行うことで視野が広がって自分が興味あるもの、好きなものを見つけられると思います。

櫻井さん、ありがとうございました!!

取材担当コメント

とても穏やかな方でインタビューに応じてくださった櫻井さん。何か1つのことに長けているのが非常に魅力的でした。自分の強みを認識し、その強みを軸として様々なことに挑戦をしていて刺激になりました。


最後まで読んでいただきありがとうございました!

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