直観を信じて移住を決意!カンボジアで貿易・流通を行う峯島さんに突撃取材!

峯島 浩輔氏プロフィール

Director & COO 峯島 浩輔(みねしま こうすけ)

1988年1月生まれ。大学卒業後、三菱電機株式会社へ入社。主に台湾・インド・アセアンでのBtoBマーケティングに従事。2014年4月にカンボジアへ移住し現職にて事業立上げ。

・出身地 静岡県
・大学 立教大学
・好きな言葉 ただ生きるより善く生きること

S.E.A.T.S.会社概要

2013年設立。カンボジアに拠点を構える。貿易・流通卸事業、及び農業生産事業を手掛ける現地日系商社。

・会社URL http://seats-inc.com/cambodia-business/

―事業内容について教えてください。

会社名はSouth East Asia Trading and Serviceで、名称は頭文字をとってS.E.A.T.S Inc.といいます。社名からわかるように私たちはカンボジアを拠点として、貿易・流通卸に関連するサービスを提供しています。会社の登記は2013年ですが、2014年より事業を開始しています。現在の主幹事業は食材の輸入と販売です。近隣のタイやベトナムを中心とする輸入元の国からカンボジアに食材を輸入しており、商材は主に肉、魚、調味料、その他関連する製品です。現在150社以上の企業様とお取引をさせて頂いており、事業の伸びを実感しています。また新規事業として、農業生産事業も開始しました。カンボジアの地方で農地を確保し、ゼロから開墾をしています。試験的な作物も含めて中長期の視点で農産物を生産していこうと考えています。現在の従業員は13人で、加えて日本からのインターン生が4人います。

―なぜこのような事業をしようと思ったのですか?

経済成長の過程で、カンボジアの人々の所得は増え、同時に需要の幅も増すことが予測されます。今後、需要が増すであろうモノやサービスが何かを探り、先んじて提供していきたいと考え、貿易・流通事業を開始しました。その中で、日々の営業活動が消費者へのリサーチ活動となり、分かりやすい機会もあった食材から商材をスタートさせました。例えば2013年当時、醤油とソースの違いもわからないような人が日本の食材を取り扱い、それらは日本で買う4〜5倍の値段で取引されていました。タイなどの隣国で日本食がブームになってから久しいですし、日本食を提供する飲食店も増加傾向にあったので、より適切な価格と品質で製品を提供できれば需要にも応えていけると思いました。

―食材の輸入をしてみてどうでしたか?

かなり奥が深い分野だとわかりました。一言で食材と言っても、調味料から冷凍素材、チルド品まで幅広いニーズがあります。更に同じ食材でも、目的や調理の仕方に応じて多様にご要望の内容が異なるため、お客様ごとの細かな対応が必要です。また、カンボジアは気温も一年中高いので、品質管理や輸送品質など専門的なノウハウが必要とする部分も多くあります。事業を進めていく過程で様々なことを学習し、実践でトライアンドエラーを繰り返しています。

―今後の展望を教えてください。

中期的な目標として、川上から川下までのバリューチェーンを自社で構築したいと考えています。現在は貿易・流通卸事業として川中分野から攻めているので、それを川上や川下に伸ばしていきます。また、食材だけでなく商材の幅も増やしていきたいです。新しく始めた農業生産事業は川上を手掛ける動きと言えます。そういう意味で、今後もバリューチェーンを縦と横に広げていく動きをS.E.A.T.Sとしては進めていきます。

―峯島さんの20代について教えてください!

私は静岡県出身で、都会である東京への憧れがありました。大学選びは、山手線の線路内にあって4年間そこに通える、ということを第一の条件に志望校を選びました(笑)。それが立教大学でした。在学中は自身が社会学を専攻していたこともあり、「アタリマエを疑う」ということをテーマにしていました。当時は、自分の中で無意識に持っていたアタリマエが壊される感覚というのを大切にしていて、それによって自身の思考の選択肢を広げていきました。それを自分の中では成長と定義していました。

高校時代に修学旅行で初めて海外に行った時のワクワクする感が忘れられず、大学時代は長期休みのたびに海外旅行をしていました。結果として11か国をバックパッカーとして回りました。バイト先も外国人が多く来るような立地を選びました。異文化に触れることは私にとっては「アタリマエを疑う」ための最良の手段であり、大きな成長になりました。

しかし数回の旅行で気づいたことは、旅行者である限り自分はいつまでも部外者であるということです。自分が成長を感じられる海外の環境に、部外者として関わるのは少し物足りなく感じました。また、将来は海外で働きたいと漠然と考えるようになったことから、大学3年の一年間を休学して、上海でインターンをしました。中国では様々な人から刺激を受け、今後も海外と関わっていくという意志を固められた半面、自分の力不足も感じました。そこで、残りの学生生活では語学を中心に日本でできることをして、力を養うことにしました。就活後には仲間とともに就活支援をする学生団体も立ち上げました。

大学を卒業し、就職してからはアジア担当の部署に配属になりました。1年目から国内外への出張も多く、やりがいをもって仕事ができました。体力的につらい時期や思い出したくないような失敗もありますが、それらを糧にして取り組めたと思います。しかし、次第に「会社の看板だけではなく、自分自身を試してみたい」と思うようになり、またアジアの新興国の活力を見るにつけ、その思いが強くなりました。

その頃ちょうど、あるテレビ番組の特集で、カンボジアでゼロから事業立ち上げの機会があることを知りました。少し考えましたが、ビビっときた直観を大切にし、わりと迷わずカンボジアへの移住を決めました。社会人3年目の終わり、26歳の時です。移住後はすぐに現職にて流通・卸事業の立ち上げを開始し、紆余曲折を経て今に至っています。

―カンボジアで仕事をしていて気づいたことなどありますか?

今でも日々気付きは多いですが、特にメンバーとのコミュニケーションでは大きな気づきがありました。当初は、「なんでわかってくれないの?」と思うような場面に度々遭遇し、そのたびに理解を得られないことを悩んでいました。ただその原因は私自身にあって、自分の主張をはっきりと言わず、言わなくとも相手が察することを期待する、「日本人的配慮に溢れたコミュニケーション」が原因だったと気づきました。それからは、言いたいことほど明確に詳細まで伝え、繰り返し説くように心掛けています。度が過ぎて角が立つということはありません。

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―大学で何をしていいかわからない人に対して何かアドバイスはありますか?

私は、そういう人は何をするにしても悶々として困ってしまうのでは、と思います(笑)。だからこそ、何か好きなことや興味にもとづいて団体やアルバイトなど活動の枠を定め、その枠の中に入るとよいのかもしれません。一人では難しくても、周囲にも影響されながら精力的に活動できるのでは、と思います。

―最後に20代の人に何かメッセージはありますか?

私も20代なので、相当おこがましいのですが(笑)。強いて言えば、色々な形で海外に行く機会を得るといいのかなと思います。特に、旅行というよりもボランティアやインターンシップなどのように特定の目的があった方が良いように思います。また、旅行だとしても、現地で少しでもお金を生む動きをしてみるとよいかもしれません。また関連しますが、語学も必要だと思います。語学は時間がかかるので、時間がとれるうちに修得できると、以後かなり役に立つのではないでしょうか。

峯島さん、ありがとうございました!

取材担当コメント

峯島さんとはお食事をしながら取材をさせていただきました。峯島さんは現状を分析し、必要なことを明確にし、それに取り組む能力に秀でている方だと感じました。私も口だけでなく、行動に移せるような人になりたいです。


最後まで読んでいただきありがとうございました!

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